大杉渓谷・桃ノ木小屋(三重県北牟婁郡紀北町)

修験者が何日もかけ縦走する大峰奥駈道の最高峰弥山山頂には、弥山小屋と弥山神社の他には、皇太子殿下の登頂記念碑があった。小雨が降っていてあたりはガスに包まれ小屋も霞んで見える。登山者は誰もいない。ちょうど小屋からでてきた主人に「どんな食事でしょうか」とたずねたら、とても不機嫌な顔で「どんな食事って。腹をふくらせるだけのものだ」とぶっきらぼうにいわれる。まずいことを聞いたかなと思いはっとした。一瞬身が引き締まる。思えば何時間もかけ、とても険しい道なき道を喘ぎ喘ぎのぼってようやく着いた場所だ。ここは神が宿る神聖な山の頂上だ。


そういえば、近畿屈指の秘境とされる大杉谷の桃の木小屋にいったとき、食事は一杯のカツカレーだけだった。転落の危険箇所やアップダウンが多くて4時間30分かかったが、それ以上の体力を必要とした。ようやく辿り着いた山小屋は、大きなつり橋がかかり、そのつり橋をわたらないと小屋には行くことができない。絵本のような風景だ。食堂に集まってきた大勢の登山客は、みなとても生き生きとした表情で明るい談笑の声が響く。わたしたちはエメラルドグリーンの淵、豪壮な滝、大絶壁、つり橋が連続するすばらしい渓谷を果てしなく歩きようやく小屋に着いたのだから。


夜明け前に、何か人の気配を感じて、つり橋にでた。そこには満天の星が輝いていた。しばらく茫然としてことばにならない。少し眩暈がする。君はわかるだろうか。何がこころを充たすのか。こころが充たされる瞬間とは