漁村の老夫婦を訪ねる(丹後半島伊根)

1990年だからもう15年も前の話だ。その頃のわたしたちはいつも無計画な小旅行をした。ゴールデンウィークの最中に思い立って丹後半島へ一泊旅行することにした。のちにNHKの朝の小説の舞台にもなり舟屋が並ぶ漁港風景で有名になった伊根に着いたとき、日はすっかり落ちてどの民宿も泊り客の夕食の支度に追われていた。何軒か玄関先で[泊まれないでしょうか」とかすかな期待をもって尋ねるが、どこも「今日は連休なのでいっぱいです。」入り込んだ路地裏の石の階段を上ったり、降りたりしているうちにますます絶望的になって、空腹感も最高レベルになった。その民宿の名前は夕霧だった。「いいよ。しばらく待ってくれたら残りものを使ってこれから作るから。」確かこのような返事だったと思う。日焼けした男らしい顔には深い皺がきざまれ、漁師だとすぐにわかった。そのときのあたたかい眼差しは今でもはっきり思い出すことができる。思い出すのはその眼差しとおいしかった魚料理。翌朝窓から差し込んできた朝日、その窓から眺めた舟屋の風景。

 

「夕霧という名の民宿知りませんか」「その民宿なら今もうないですよ。何年か前に廃業されたから。」再び伊根を訪ねたとき、あの日から13年が過ぎていた。あのときのお礼も言いたい。わたしたちは家を探して老いた夫婦を尋ねた。舟屋の裏は海。今も小さな舟が繋がっていた。

 

君には一宿一飯の恩ってわかるかな